HOME | 古典 MENU |
浅井了意『伽婢子』巻之十三「虱瘤」より |
痒くて死にそう |
日向の国、諸県(もろがた)というところに住む商人が、病気になった。背中の手のひらばかりの部分が熱をもち、燃えるように熱い。 二十日ばかりすると熱はさめたが、今度は、とても言葉で表せないほど痒くなった。しだいに盆を伏せたような形に腫れ上がり、腫れが大きくなるにしたがって、痛みは少しもないけれど、痒いことひたすら堪えがたい。 あまりの痒さに食欲はまるで失せ、痩せ衰えて骨と皮になった。 内科・外科のあらゆる医者にかかり、薬を内服し、あるいは膏薬を塗ったが、効果がない。 そのころ、南蛮の商船に乗って、外科の名医、章全子(ちゃくてるす)という者が渡ってきていた。彼にこの病を見せたところ、 「これは世にもまれな奇病ですぞ。蝨瘤(しつりゅう)といって、皮と肉の間に虱(しらみ)がわいて患者を苦しめます。とにかく治療してみましょう」 と言って、腫物のまわりを縛り、薬を塗った。 「人の体に虱がわくのは、一夜のうちに三升、五升ということもあって、衣服に満ち満ち、血を吸いつくそうとします。痛く、痒いことこのうえない。でも、そこまで甚だしいのは体力の衰えた病人の場合で、普通の人にうつることはないし、よくあることなので、世間の医師も治療の仕方を知っている。 ところが、この人の虱は、肉の間にわいて皮の下にある。普通に見てわかることではありません。まあ、夕方まで待ってごらんなさい。きっと目に見ることができますよ」 その晩、腫物のてっぺんが破れて、どっと虱が溢れ出ること十升あまり。大きさは胡麻粒くらいで色赤く、みな足があって活発に這い回った。 病者は体が軽く、楽になったが、虱の出た跡に小さい穴が残り、まだ時々虱が這い出して、なかなかきりがない。 章全子は、 「この病気には、百年使った梳き櫛を焼いて、その灰を黄竜水というものに溶いて塗る以外、最終的な治療法はないのです。さいわい私、多少もっているので……」 と、一匙取り出して穴の上に塗った。 その後、七日ほどのうちに完治したという。 |
あやしい古典文学 No.103 |
座敷浪人の壺蔵 | あやしい古典の壺 |