橘南谿『北窓瑣談』巻之四より

綱は綱平、松は松之助

 阿波の国の勝瑞村は、徳島からほど近いところで、私の門人の橘春庵が住んでいる。
 その隣村にあたる定方村に、綱という女がいたが、十五六のときに男子に変じた。
 男になったので、名を綱平と改めた。この寛政六年で三十四五歳であるが、いたって大柄のたくましい男で、妻帯している。
 春庵はふだんよく見かけるのだという。

 備中の国の檜物屋の娘の松という者も、ある晩発熱して男子に変じた。年は十七八歳である。
 松之助と改名したのを、たまたま京都の中山元倫が備中に下っていて、見たと話してくれた。
あやしい古典文学 No.104