『諸国百物語』巻之三「賭けづくをしてわが子の首を切られし事」より

臆病者の賭け

 紀州の村里でのこと。
 ある晩、土地の侍が五六人寄り合ったとき、
「ここから二キロばかり行った山ぎわに神社がある。社の前の川には、よく死人が流れてくるそうだ。今夜あの川に行って、死人の指を切って持ち帰った者に、みなの腰の刀を進上するとしようではないか」
という賭けの話になった。
 誰も行こうと言う者がいなかったが、中に一人、臆病なくせに欲の深い者がいて、
「わしが行こう」
と請け合った。

 請け合ってはみたものの、家に帰り着いたころには、すっかり臆病風に吹かれていた。女房に、
「あんな賭けをしてしまったが、胸がおののいて、とてもじゃないが行けそうにない。どうしよう」
と言って、震えている。
 女房は、
「もはや、賭けをなかったことにはできますまい。わたしが行って、指を切ってきます。あなたは留守番していなさい」
 そう言うと、二つになる子を背中に負い、夜道を出かけていった。

 途中、百メートルばかり続く物凄まじい森を通り抜け、かの神社の前にいたり、橋の下におりてみると、女の死骸がある。脇差を抜き、指を二つ切って懐に入れた。
 帰り道、また森の中を通るに、頭上の闇から呼ぶ声がする。
「足もとを見よ。見よ」
 恐ろしく思いつつ俯いて見ると、小さい苞(つと)に何か包んだものが落ちている。取り上げてみると、ずっしり重い。
『きっとこれは、わたしを憐れんだ神仏が、お恵みくださったのだ』そう思った女房は、そのま提げてわが家へ向かったのである。

 さて、男のほうは、女房の帰りを待ちかねつつ、夜着をかぶってがたがた震えていた。
 突然、
「なんでおまえは、賭けをした場所に行かないのだ」
と、大声でののしる声が轟いた。とともに、屋根を二十人ばかりもの足音が、ドンドンと踏み鳴らす。男は息もできずにすくみ上がって、恐ろしさに死なんばかり。
 そこへ女房が帰って、表の戸をがらりと開けたので、ついに化物が押し入ったと思って、
「わっ!」
と叫んで目を回した。

 女房は、
「わたしですよ。どうしたの」
と言葉をかけ、我に返った男に、懐から取り出した指を渡した。
「それに、嬉しいことがあったのです」
 そう言いながら提げてきた苞を開くと、入っていたのは、自分が背に負っている子の生首であった。
 ひどい、どうして! と悲鳴をあげ、子をおろして見たけれど、その子に首はなかった。どんなに泣いて嘆いても、もはや取り返しはつかない。

 男はひたすら欲の深い者で、二つの指を持っていって、みなの腰刀を手に入れたという。
あやしい古典文学 No.105