菊岡沾凉『諸国里人談』巻之三「二恨坊火」より

二恨坊の火

 摂津の国、高槻庄の二階堂村に、あやしい火が出る。
 三月ごろから六七月まで出てくる。大きさは三十センチばかりで、家の軒や木の枝にとまる。近くで見ると、眼耳鼻口がそろっていて、まるで人の顔面のようだ。
 今では害をなすことはないので、人々はさして恐れない。

 昔、このあたりに日光坊という山伏がいて、祈祷の力は近在に聞こえていた。
 あるとき、村長の妻が重病にかかったので、日光坊に祈祷を頼んだ。彼が寝室に入って七日七晩祈ると、たちまち病は癒えたが、後に山伏と妻が密通しているという噂が立って、村長は日光坊を殺害した。
 病が平癒した恩を感謝されなかった、それどころか殺されてしまった、この二つの恨みが妄火となった。
 火は、村長の家の屋根に夜ごと飛び来たって、ついに村長をとり殺してしまったそうだ。

 もと日光坊の火と言ったのを、二恨坊の火と言うようになったのである。
あやしい古典文学 No.106