高古堂『新説百物語』巻之五「針を喰ふむしの事」より

針箱の虫

 京都の三条の西に、貞林という尼が住んでいる。
 若いころは、備前で縫物の奉公をしていたという。
 その時分のこと、彼女は縫針の折れたのを危ないと思って、たくさん拾い集め、針箱の底に入れていた。
 ところが、それを捨てようと思って見るに、針がなくなっている。そういうことが二度まであった。

 ある時、針箱の掃除をしたところ、大きさ一センチばかりの虫が出てきた。
 見たことのない虫である。針刺の上に置くと、そろそろと這い歩き、針刺の針をかりかりと喰いはじめた。
 さては、この虫が喰っていたのだなと思い、小さい箱に入れて、折れた針を与えて飼っておいた。
 二月ほどすると、三センチくらいに成長した。

 このことを主人が聞いて、古い金物などを与えたものだから、いよいよ大きくなってしまった。ついに気味が悪くなり、火に入れて焼き殺してしまった。
 これは、貞林がじかに語ったことである。
あやしい古典文学 No.114