根岸鎮衛『耳袋』巻の八「三雑談おかしき事」より

激白! 屋台の三人男

 享和四年の春、芝車町より出火して大火となり、私のもとに出入りの鍼医、城芸英も神田で焼け出された。それで、当面の住み処に困っているというので、私のもとの屋敷であった駿河台の長屋を貸していた。
 城芸英は、長屋の下を往来する商人の立ち話が面白いこともあって、毎晩、窓辺に寄って夏の暑さをしのいでいたが、ある夜ふけ、十時から十二時といったころに、屋台の商売もおおかた終わったらしく、蕎麦屋、田楽屋、甘酒屋の三人が、長屋の下に休んで話しはじめた。

 まず、甘酒屋が言うには、
「もう店じまいだ。残った甘酒を一杯、召し上がらんか」
 すると蕎麦屋のいわく、
「いやじゃ。汚くて食われたものか」
「そうか。うん、確かに、茶碗洗いそのほか入り用の水は、そこらの川堀の水を汲んで使っているから、きれいではないが、甘酒はちゃんとつくったものだぞ」
「まあ、わしの蕎麦も同じようなもの。箸や皿を洗うには、人が立ち小便しているどぶの水を、かまわず使うんじゃよ」
 そのとき田楽屋が、
「おれの田楽は、そんな汚いことはしないぞ。だがな、田楽の下ごしらえと味噌の仕立ては親方がやっている。これが喘息持ちの年寄りで、年中鼻水を垂らしているのだ。鼻水が垂れ、痰が落ちるのもかまわずこしらえるのを見ては、人が食うのは勝手だが、おれは御免こうむる」
 そして、三人こもごもに言うのであった。
「見ていないからとはいうものの、客は、よくもまあ食うもんだよ」

 聞いていた城芸英は、胸が悪くなりつつも、可笑しさに噴き出しそうになったという。
あやしい古典文学 No.115