只野真葛『奥州ばなし』「影の病」より

影の病

 北勇治という人が、外出から帰って自分の部屋の戸を開いたら、机に向かっている人の後ろ姿があった。
 『誰だろう、私の留守に、部屋を閉めきってわが物顔にふるまっているのは。あやしいことだ……』と、しばらく見ているうち、髪の結いかたも着ている着物も帯も、普段の自分そのままだと気づいた。わが後ろ姿を見たことはないけれど、寸分違わないだろう。
 顔を見てやろうと、つかつかと近寄ると、その者は、むこうを向いたまま障子の細く開けたところを抜けて縁先に走り出た。追いかけて障子を開いて見たときには、どこへ行ったのか、もう姿はなかった。

 家族にこのことを話すと、母親はひとことも言わず、何か隠している様子だった。
 それからまもなく、勇治は病気になり、その年のうちに死んだ。じつはこれで、北家では三代続けて、当主が自分の姿を見て病気になり、死んだことになる。

 これは、いわゆる「影の病」というものだ。
 祖父も父もこの病気で死んだことは、母親や家来たちは知っていたが、あまりに忌まわしいことのため語らず、それゆえ勇治は知らなかったのである。
 勇治の妻もまた、先代と同様、二歳の男児を抱いて後家となった。
あやしい古典文学 No.123