神谷養勇軒『新著聞集』第十「妖猫友をいざなう」より

猫踊りの夜

 淀の城下にある清養院という寺の住職が、下痢を患い、便所通いをしていたときのことだ。
 晩になって便所に行こうとすると、縁側のくぐり戸を叩いて、
「これ、これ」
と呼ぶ声が聞こえる。
 すると、火燵(こたつ)の上にいた、もう七八年も寺で飼っている猫が走ってきて、戸の掛け金を外した。そして、外から大猫を一匹入れると、また掛け金をかけ、火燵の上に伴った。

「今夜、納屋町で猫踊りの会がある。一緒に行こう思て、誘いにきたんや」
「それがな、ここんとこ和尚さんの腹具合が悪い。おれ、看病せなあかんから……」
「しゃあないなあ。ほなら、手拭い貸してんか」
「手拭いは和尚さんのやがな。使いはるから、勝手に貸されへんよ」
「あかんか」
「うん。すまんけどなぁ」

 話が終わると大猫を送り帰し、元どおり掛け金をかけた。
 住職は、一部始終を見たうえで、近寄って猫を撫でてやり、
「わしの心配なら、せんでもかまわん。早くおまえも踊りに行くがよい。手拭いもやるぞ」
と言いきかせた。
 猫はその場を走り去り、再び戻らなかったという。
あやしい古典文学 No.126