『諸国百物語』巻之四「浅間の社の化け物の事」より

浅間の社の化けもの

 信濃の国に某という、心身ともに剛健な武士がいた。
 某はあるとき、家来を集めてこう告げた。
「浅間神社には化け物がいると噂に聞く。この国に住みながら、それを見届けないのが口惜しい。そこで今宵、浅間に行って化け物の正体を確かめようと思う。わしは一人で行ってくる。もし後からついてきたら腹を切らせるから、そう思え」

 某は、二尺七寸の正宗の銘刀に一尺九寸の吉光の脇差をそえて差し、九寸五分の鎧通しを懐に、五六人がかりでやっと持てるほどの鉄の棒を杖にして、八月中旬の月のくまなき夜、浅間神社に向かった。
 神社に着いて拝殿に腰かけ、さて、何ものであれ一打ちにしてくれようと待っていると……。

 麓のほうから、年のころは十七八のきれいな女が、白い着物を着て、三歳くらいの子を抱いてやってきた。
「あら、うれしい。今夜はこの社にお籠りするのに、よい連れがいらっしゃる。さあ、わたしはとってもくたびれた。おまえは、あの殿に抱いてもらいなさい」
 女はそう言って、子を下ろした。
 子はするすると這い寄ってくる。それを杖の鉄棒ではっしと打つと、子は母のもとに引き下がる。
「抱いてもらうのよ、さあさあ」
 母に追い返されて子が寄ってくるのを、また棒で打つ。これを五六度繰り返して、ついに棒がひん曲がってしまったので、腰の刀をさらりと抜いて、子を真っ二つに斬り倒した。
 ところが、斬られた子の半身にまた目鼻がつき、二人になって這ってきた。その二人をばらばらに斬り散らすと、その手や足、胴体などに目鼻がついて、子が増える。
 増えに増えて、しまいには二三百人ほどになり、拝殿に満ち満ちて、一度に這いかかってくるのであった。

 ここにいたって母親も、
「さあ、わたしも参りましょうぞ」
と立ちあがる。
 来たら斬り殺すまでと思いながら、さすがに背筋がぞっと寒くなり、身の毛がよだつのを覚えた。
 突然、背後に大岩を落としたような轟音。
 振り返ると、母親は身の丈三十メートルの鬼となっていた。
 鬼が飛びかかってくるのを続けざまに三度刺した。さらに引き寄せてとどめを刺した、……はずのところで、ついに某は気が遠くなってしまった。

 そのとき、家来たちが駆けつけた。
 見れば、主人は脇差を逆手に持ち、塔の九輪を突き通していた。何としても突き殺そうという一念で、石の九輪を突き通したのである。
 化け物はすでに消え失せていた。
あやしい古典文学 No.141