松浦静山『甲子夜話』巻之十一より

霊験、薬研堀不動

 十二三年前のことだという。

 ある夜、薬研堀の不動堂に泥棒が入った。ところが、この泥棒、仏前に平伏したまま動かない。
 見つけた人が、
「何者か」
と問うたが、わなわな震えるばかりで、すくみ上がっている様子である。いよいよ不審に思われ、住職の僧も出てきて、
「どうしたのだ」
と問うに、やっと応えて、
「私は物を盗もうとここに入ったのですが、不動様の前に来たら、体がかたまって動けなくなりました。こうなったら、何もかも申し上げて懺悔いたします。どうか命をお助けください」
 そう言って、いよいよ身を震わすのだった。

 住職は、
「霊験あらたかとはこのことだ。それでは祈っておまえの罪を消そう」
と、燈火をともし、扉を開き帳をかかげて、不動様に祈った。
 泥棒はやっと元どおり体が動くようになり、自分の罪を詫び、これからは慎むことを誓って、帰っていった。
 住職はじめ人々は、まのあたりに見た仏の霊力に感動したのである。

 次の晩、泥棒は、燈火のもとで十分に見尽くしていた内殿に入り、諸道具も賽銭もいっさいがっさい、みな盗んでしまった。
 きっと後々、天罰が下るだろうよ。
あやしい古典文学 No.142