百井塘雨『笈埃随筆』巻之一「狐怪」より

きつねの恩返し

 長府の城下に某という寺がある。山際にある寺で、土蔵も山に接するように建っている。
 その土蔵の二階で、狐が子を産んだ。

 寺には恵浄という僧がいて、少々馬鹿者であったが、二階の狐の子を見て、『狐は幸運を与えてくれるものだと聞く。この際、いろいろ恵んでおこう』と思い、折りにふれ小豆飯を炊いて与えたり、油揚げを食わせるなどした。
 寺のことだから精進物がある。それも必ず持って行って、心をこめて養ってやること二ヵ月、子狐が成長したので、親は山へ連れて帰った。

 しかし、それっきり何の福も来ない。ある夜、恵浄は寝言にこんな独りごとを言った。
「なんとも憎たらしいやつだ。わしは六十日の間ずいぶん心をこめて、種々の狐の好物を、自分は食べずに恵んだのに、一言の礼もない。まして、何の幸運もよこさないではないか。恩知らずめが」
 その翌朝だ。
 誰かがじつに見事な長芋を十五本持参して、『恵浄様に差し上げてください』と飯炊きの者に伝えて帰ったという。
 恵浄は昨夜言った寝言を覚えていなかったから、狐のしたこととは気がつかず、これはいいものが手に入ったと思って、すぐに調理し、自分で食べ、人にも振る舞った。

 それから何事もなくて、七月十日ごろになった。
 八百屋が請求書を持って、長芋十五本の代金を取りに来た。
 恵浄はたいそう驚いて、いろいろ調べてみると、どうやら狐が召使いの男に化けて、長芋をツケで買ったらしい。恵浄は腹を立てたけれども、今さらしかたがなかった。
あやしい古典文学 No.151