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根岸鎮衛『耳袋』巻の二「猫の人に化けし事」より |
猫が化けた場合 |
古くより民間には、年経て妖怪となった猫が老婆などを喰い殺し、自分が老婆に化けていた、といったことが言い伝えられている。これもそういう話だ。 年老いた母親をもつ男がいた。 老婆の振舞いは狂暴で、むごく人を痛めつけたりするのがしょっちゅうだったが、男にとっては母親、どうにも処置なく日を送っていた。 それがあるとき、ふと猫の姿をあらわした。 まぎれもない化け物である。『さては妖猫、わが母を喰い殺したな!』と、男は一刀のもとに斬り殺した。 ところが、殺した猫の死骸が、母親の姿に戻ってしまった。 男は驚愕し、 「たしかに猫だった。だから殺したのだが、このように母の姿に戻ってしまった。いまさら仕方がない。しなくてもいいことをして、天にも地にも許されない大罪を犯してしまった」 と、親しい人を呼んで話した。 「このうえは切腹するので、見届けていただきたい」 友人はおしとどめた。 「死ぬのは簡単だが、まあしばらく待ちたまえ。猫や狐が人に化けて年月を経ると、たとえ死んでもすぐには本当の形をあらわさないものだ」 そこで思いとどまって夜まで待つと、だんだんと正体があらわれ、母と見えたのは恐ろしい古猫の死骸であった。 あわてて切腹したら、犬死となるところだったのである。 |
あやしい古典文学 No.153 |
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