神谷養勇軒『新著聞集』第十「面火車を見る」より

火車に乗れ

 某所の下女に京都の者がいた。話によると、この女の伯父が死ぬ七日前から、青と赤の鬼が家に現れたという。

 伯父は、
「ああっ、こわいこわい」
と泣き叫んで、昼夜やむことがなかった。
 七日め、
「ああ、つらいのう。……その火車に乗れというのか。……おお悲しい、許してくれよ……」
と言って手を合わせ、足ずりしていたが、最後に、
「どうしても行かねばならんのだな。……仕方のないことだ」
と、長く足腰立たなかったのに、急に立ち上がって走り出し、門口の敷居につまずいて倒れ、死んだ。
あやしい古典文学 No.154