大田南畝『半日閑話』巻十六「近藤斧助町人を殺す事」より

斧助あばれる

 土屋伊賀守の家来で剣術と柔術の師範の平野匠八の弟子に、松前奉行の家来となった近藤斧助という者がいた。
 その斧助が、六月ごろに下谷の界隈を歩いていて、町人を乗せた駕篭かきとぶつかった。
 無礼をただしたところ駕篭かきが悪態をついたため、斧助が刀を抜くと、駕篭かきはたちまちどこかへ逃げ去った。そこで、駕篭に乗っていた町人を斬り殺した。

 この騒ぎに、近くの堀家の辻番人が棒を持って駆けつけた。すると何を思ったか、斧助は一目散に逃げ出した。追われて逃げ道を失ったところで居直り、辻番人も斬り殺した。
 それから、番所に自首して出た。

 斧助は牢に入れられたが、牢には牢名主というものがいて、新参者が金を持ってこないと虐待する。斧助は一文も持っていなかったので散々に罵倒され、ひどいめにあわされた。
 斧助は腹がおさまらず、他の不満分子三四人と申し合わせて牢名主を取り押さえた。そのうえで、片足を斧助が持ち、もう片足を他の者が持って、牢名主をべりべりと引き裂いた。
 たいした馬鹿力である。

 八月になって判決が下り、遠島を仰せつけられた。
 町人を殺したときに逃げなかったら遠島にはならなかったろうに、残念なことだと、人々は噂したのだった。
あやしい古典文学 No.155