根岸鎮衛『耳袋』巻の三「老耄奇談の事」より

男色の試み

 藤沢某という老武士がいて、おかしな人であった。
 この人があるとき、つくづく思った。
 『わしは若いときから、いろんなことをやってきた。この世にある物事はほとんど体験したが、ただひとつ、幼少のころより今にいたるまで、誰かと念友になって男色の相手をしたことがない。あれは、どんな感じがするんだろうか』

 藤沢某は、もともと醜男なうえに、すっかり老いぼれている。
 「高野六十那智八十」などといって、年若い稚児がいない僻地の寺社では、たとえば高野山なら六十歳、那智山なら八十歳といった老人を、男色の相手にするそうだが、そんな高野や那智の学僧にわけを話して頼んでも、尻を借りてくれる者はあるまいと思われた。
 そこで彼は、「張形」という陰茎の形をした淫具を買ってきた。

 ある春の日、縁側にしゃがんで、自分の尻に張形を入れて試そうとしたところ、年とって足腰が弱っているから、思わずよろけて尻もちをついた。
 張形が肛門に根元まで突き刺さり、ワッ! と叫んで失神。

 その声に息子や娘が駆けつけると、父親が、尻をまくった異様な姿で気絶している。
 医者だ薬だと騒ぐなか、ふと見ると、まくった尻から赤い紐が出ていた。これは何だ? と調べて、張形が突き刺さっているのが見つかり、驚いて引き抜いた。
 薬など与えて介抱し、ようやく意識は戻ったものの、本人としては、かくかくしかじかと事情を説明するわけにもいかない。
 周囲の者も、わけを尋ねるのはいかがなものかと、ただ皆、驚きのなかにも笑いをこらえていた。
あやしい古典文学 No.159