『諸国百物語』巻之二「仙台にて侍の死霊の事」より

死霊が吸い舐め

 奥州は仙台でのこと。
 ある武士が、主君の命に背いたため、東岸寺という寺で切腹した。
 遺体を棺に入れ、まわりに僧が十人ばかりついた。やがて夜も更け、僧たちは居眠りを始めた。

 下座の二人だけがまだ目ざめていて、死人が棺から這い出るのを見た。
 死人は灯火に寄ると、紙を引き裂いてこよりをこしらえ、まず土器の油を舐めた。続いて上座の僧の鼻の穴へこよりを入れて、吸ったり舐めたりする様子であった。
 下座に向かって順々に、鼻にこよりを入れては吸い舐める。とうとう自分たちの番が来たので、二人の僧は懸命に台所に逃げ込み、そこの者たちに見たことを語った。

 恐る恐るみんなで行ってみると、僧たちは全員、居眠りしたまま死んでいた。
 棺は元どおりあったけれども、中身の死人は消えていた。
あやしい古典文学 No.160