三坂春編『老媼茶話』巻之六「一目坊」より

一目寺

 最上の侍で辻源四郎という者が、塔ノ沢の温泉に滞在していたとき、どこから来たのか知れない歳のころ六十ばかりの僧が、同じ湯に入ってきた。
 二人は諸国のさまざまな珍しい話を語り合って親しくなり、源四郎は、
「私は最上の者で、病気療養のために湯治に来ているのです。この湯の向かいの宿に泊まっておりますから、暇なおりにでもいらっしゃい。話し相手になってくださいよ」
と言った。
 僧は、
「ありがとうございます。それでは、今夜にでもお邪魔しましょう」
と応え、その日の暮れ方に訪ねてきた。
 酒や茶を交わしつつ語り合い、夜もふけた。帰る段になって僧が言うには、
「拙僧は明日明け方に湯治を切り上げて、寺に帰ります。しかし、その寺というのも遠くはありません。この前を流れる谷川沿いに登りつめると、杉の林があります。その中を七八キロも行けば、一目寺という古寺がございます。古色蒼然として閑寂につきる風情で、歌を詠むにも恰好かと存じます。近々おいでくださいますように」

 数日後、源四郎は若党を呼び、
「先日こちらに来た僧の住む山寺を、今からぶらりと訪ねてみようと思う」
と言うと、若党も、
「今日は空もうららかでございます。お出かけなさいませ」
 そういうわけで主従四五人、谷川に沿って行くと、僧が言っていた杉林がある。その中をずっと分け入ったところに、なるほど、山の陰にくずれ傾いた古寺があった。
 しかし、どうも人が住むところには見えない。

 若党をやって案内を乞わせると、十二三歳の稚児が出てきて、
「どうぞ、あちらのほうから」
と言うらしい。
 源四郎は、
「では、少し中を歩かせてもらいましょう」
と応えたが、若党は稚児を間近で見て、
「主の僧は霧島が嶽に参りまして、四五日は帰りません」
と言った顔が、額に大きな眼一つあるだけなのにたまげ、急ぎもどって報告した。
 あやしく思いながら寺の客殿のほうへ行ってみると、そこでは一つ目の小僧どもが四五人集まって、人の首を集め、
「ひとつ、ふたつ、……」
と数えて竹籠に入れていた。
 勝手へ行くと、赤い顔の一つ目の女の子が二三人、囲炉裏をかこんで、十四五個の首を火で焙っていて、源四郎主従を見ると、
「また首の数が増えたよ」
と笑った。
 さすがの源四郎も仰天し、主従とも飛ぶように駆けて宿へ逃げ帰った。

 宿のあるじに、僧との最初のいきさつからすべて語ると、あるじもたいそう驚いて、
「あそこは大魔所でございますよ。だれも行く者などおりません。たまたま道を失って迷いこんだ者は、それっきりです。あなたさまは不思議にも命が助かり、まことに幸いでした。このうえは、即刻ここを出立なさいませ」
と言った。
 源四郎はいよいよ肝をつぶし、大慌てで最上へ帰ったのであった。
あやしい古典文学 No.167