高古堂『新説百物語』巻之四「鼠金子を喰ひし事」より

鼠の歯形

 近ごろのことだという。
 美濃の国の、戸数たかだか三百軒ばかりの一村に、村一番の金持ちで、米酒を売り、村の田畑をはじめ衣類にいたるまで質に取って、何代とも知れず続いてきた家があった。

 あるとき、その隣の農夫の家の七歳ばかりの女の子が、裏の薮で一分金を拾って親に見せた。
 親は喜んで、
「盆かたびらを買って着せてやろう」
と、金持ちの家に持っていき、
「銭と両替してくだされ」
と頼んだ。
 主人が受け取ってよく見ると、その一分は慶長金であったが、鼠がかじった歯形がついている。その旨を農夫に言い聞かせ、一分は千文のところを、八百文で買い取った。

 ところがその後、またまた農夫の娘が小判一両を拾って帰った。その話が近所に広まって、いろいろ調べてみると、一両あるいは一分を拾った者が、ほかに二三十人もいたのである。金額にすると、七八十両になる。
 これはただごとではないので、代官所に届け出た。
 吟味によれば、ひとつとして鼠の歯形のついていないものはない。さらに吟味をすすめると、金持ちの土蔵の脇に鼠穴が開いていて、そこから鼠が引き出した金子だとわかった。

 じつは筆者もその金を見たが、なるほど、鼠の歯形がついていた。
あやしい古典文学 No.168