神谷養勇軒『新著聞集』第十「山伏夢に入り子死す」より

山伏に負けるな

 信州の高遠に、山辺八郎兵衛という人がいて、子供を何人も持っていたが、それが次々に重病にかかった。
 いよいよ死ぬかもしれないというとき、親は夢うつつのような状態になり、そこに山伏が来て、病気の子を引き立てて行こうとする。親はやるまいとして引き戻す。互いに引きあって、ついに山伏にとられてしまった、というときに夢から醒める。
 翌日、必ずその子は死んだ。

 そんなことが続いて、ただ一人残った子まで重い病気になった。
 例の山伏が夢うつつに現れて、その子も連れ去ろうとする。しかし、今度ばかりは絶対にやるまいと、親は力の限りを出してがんばった。そして、初めて山伏に勝ったのである。
 山伏が帰ると夢から醒めて、次の日から子供は快方に向かい、やがて平癒した。

 その後は夢も見ず、子供が煩うこともなかった。
あやしい古典文学 No.170