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根岸鎮衛『耳袋』巻の五「怪竃の事」より |
坊主かまど |
だいぶ以前のことだというが、改代町に住む人が古道具屋でかまどを買って、わが家の台所に置いて煮炊きしたところ、二日目の夜に、怪事を見た。 かまどの下に汚らしい坊主が入っていて、しきりに手を出すのである。 その次の夜も、同じであった。 かまどの下は箱になっていて、薪などが詰まっているから、人が入り込めるわけはない。とにかく気味が悪いので、買った古道具屋に、 「あのかまどは気に入らない。取り替えてくれ」 と頼んで、最初の値にいくらか足して別のかまどにしたところ、その後は怪事を見なかった。 ところが、問題のかまどを仕事仲間が買ってしまったらしい。気になって、二日ほど経ってから様子を尋ねると、案の定、 「不思議なことに、かまどの下から奇怪なことが起こるのだ」 と言う。 「やっぱりそうか。あれは先におれが買ったのだが、そういう気味の悪いかまどなので、取り替えてもらったのだ。おまえも、そうするがいいよ」 そこで、後から買った人も、多少の金を追加して別のかまどと取り替えてもらった。 『それにしても不思議なことだ』と、最初に買った男は思った。気になってしかたがなく、また古道具屋へ出かけて聞かずにはいられなかった。 「あのかまどはどうなった?」 すると、 「ほかに売ったのだが、また戻ってきたよ」 と応えるので、怪事の起こったことを詳しく説明したが、古道具屋は気を悪くして、 「そんなことがあるものか。商売物にけちをつけないでくれ」 「それなら、あんたのうちの台所に置いて、試してみるがいい」 そう言われると古道具屋も、一度ならず何度も戻ってきたのは何か訳があるのかもしれない、という気がしてきて、その夜、わが家の台所に据えて、茶など煎じつつ、見張っていた。 聞いたとおりだった。 汚い坊主がかまどの下から手を出して、じたばたと跳ね回るのである。 夜が明けるやただちに、かまどを打ち壊したところ、片隅から五両の金子が出てきた。 どこぞの坊主が蓄えた金子を隠したまま死んでしまい、その執念が残っていたのだろう、と人々は語ったのである。 |
あやしい古典文学 No.173 |
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