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十返舎一九『列国怪談聞書帖』「すじかぶろ」より |
すじかぶろ |
むかし、奈良の木辻にはじめて遊郭の地がひらかれたころのこと、浦島何某という娼家に、毎夜どこからともなく、赤子の泣き声が聞こえた。 人々は気味の悪いことだと語り合い、世間に知れるにしたがって客足も遠のいた。 そうしてもの寂しくなった家の中で、ある夜また、廊下に例の赤子の声がした。 主人が様子をうかがっていると、いかにも異形の妖怪が現れた。遊女付きの少女を禿(かぶろ)というが、その姿に身なりをやつして歩き回っている。座敷をのぞき、酒肴の残りを喰ったりなどして、またどこへともなく立ち去った。 夜が明けてみれば、廊下にも畳にも妖怪が歩いた爪のあとが、筋をひいて削ったみたいになっている。そこで妖怪に「すじかぶろ」と名づけて、家人みな恐れたのであった。 さすがに主人は怒っていた。 「稼業の妨げをなす妖怪だ。打ち殺して禍根を断とう」 と、大勢の下僕を指揮し、夜ごと出現を待つところに、ある夜、ついに「すじかぶろ」が現れた。 そっと忍び寄って打ち倒し、さらに大勢で折り重なるように襲いかかって、めった打ちに打ち殺した。 火をともして見ると、全身に鱗が生え、眼は大きく光っていた。口には牙、手足の爪が長くて水掻きがある。顔はおおむね人のようで、体はカワウソの類か。おそらく家の裏手の池に棲んでいたと見えて、半身が泥にまみれていた。 『異物志』には、某国に赤子のごとく鳴く獣がいることが記されている。 また、最近の書では『江戸砂子』に、「寛文のころ、藍染川の石橋の上手で毎晩、小児の泣く声がした。人々が怪しんで、そのあたりの川の水を干して、砂を掘り石をめくって、怪しい魚を捕らえた。長さ七八十センチ、顔は猫のようで四つ足がある。掘っているときに尻尾を鍬で切ったせいで、魚はまもなく死んだ。奉行所に届けたところ、これは『さんしょうくい』というもので云々」とある。 「すじかぶろ」も、この種のものが変じたのであろうか。 |
あやしい古典文学 No.175 |
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