新井白蛾『牛馬問』巻之一「獅虎」より

ライオン vs.虎

 ある僧が長崎で清国の人と親しくなり、たびたび会って語り合った。
 たまたまライオンの話になって、清国の人はこんなことを言った。

「ライオンというのは、インドだけにいるのではなく、わが中国でもときどき現れる。その姿は、和漢の獅子の絵にあるのとは違って、毛は薄汚れた感じでさえないし、おおむねムク犬に似ていて、体格も大きな犬ほどのものだ。
 ところが、この獣が出てくると、猛々しい虎といえども震えあがって地に倒れてしまう。仰向けになって口をあけ、目をつぶり、死んだふりをして動かない。それを見たライオンは、のこのこ近づくと、虎の開いた口の中へ小便を垂れて、またのこのこ歩み去る。
 虎はじっと動かない。およそ五六百メートルも遠ざかったかと思われるころ、そっと目を開けてライオンの後姿をうかがい、向こうへ行ってしまうのを確かめてから、やっと起き上がって逃げるのだ。
 虎ともあろうものが、まことに見苦しいありさまだけれど、虎でさえこうだから、ほかの動物は推して知るべし。……このことから、清の時代になって『尿瓶(しびん)』のことを『虎口』と言うようになったのだ」
あやしい古典文学 No.177