『今昔物語集』巻第二十六「鎮西の人、双六を打ち敵を殺さむと擬て、下女等に打ち殺さるる語」より

荒武者の最期

 昔、鎮西の某国に住んでいる人が、客と双六をしていた。客は弓矢を常に携えた気の荒い武者であり、主人とは互いの妻が姉妹という間柄であった。

 双六の勝負は、言い争いから腕力にものをいわせるような始末になりがちである。この二人も、賽の振り方、目の出方のことから喧嘩をはじめた。
 荒武者は主人の髻を掴んで押さえつけ、腰にさした短刀を抜こうとするが、刀は鞘についた緒で結びつけてある。緒をほどこうとするに、主人は押さえつけられながらも必死で刀の柄に取りついていて、荒武者の力をもってしても容易なことではない。
 そうして争ううち、そばの遣戸に包丁がさしてあるのが荒武者の目に入った。これは好都合と、髻を掴んだまま連れていこうとする。主人は、
「あそこまで行ったら、もうだめだ。突き殺されてしまう」
と思って、懸命に逆らった。

 さて、その家の台所では下女たちが多数、杵で粉をつき、にぎやかに酒造りの準備をしていた。
 抵抗むなしくずるずると引きずられていく主人が、声を限りに、
「助けてくれ! だれか!」
と叫ぶと、そのとき家に男はほかに一人もいなかったが、下女たちが聞きつけて、手に手に杵をひっ提げて駆けつけた。
「あらヤダ。旦那が殺られちまうよ」
 最初の一人が駆け寄って、荒武者の頭にポコンと杵を振り下ろすと、荒武者たまらず昏倒した。そこをみんなで取り囲んでボコボコにしたので、荒武者は死んでしまった。

 きっとその後、しかるべき役所の処置があったのだろうが、それは知らない。
 荒武者にとって主人は物の数ではない敵だったのに、あろうことか下女たちに打ち殺されてしまったわけで、これを聞く人は、
「あきれた話もあったものだ」
と取り沙汰したと語り伝えている。
あやしい古典文学 No.185