根岸鎮衛『耳袋』巻の八「糞穴に落ちし笑談の事」より

文化四年の馬鹿侍

 文化四年の秋口のことだ。

 鍋島十之助の家来の侍に、川島何某という小男がいた。
 その男が友人たちと連れ立って浅草観音に参詣し、あたりを遊び歩いて、並木の茶屋で食事した。酒を飲んで多少酔っぱらったのでもあろう。
 川島は茶屋の便所に行った。そんなところの便所というのは、大きな糞壺の上に板を渡しただけの粗末なものだ。その糞壺に、あやまって紙入れを落としてしまった。

 紙入れには印章や書付を入れてある。金も二朱銀が七片ほどもあった。なんとか拾い上げようとあれこれ試みたが、うまくいかない。
 そこでついに衣服を脱ぎ、丸裸になって糞壺に入ると、どぼどぼと糞に浸かって紙入れを探した。そのうち何か硬いものを踏み割ったような足応えがあったから、『おっ、さてはこのあたり』と勢いづき、『ここか、ここか、ウリャウリャ』などと足で探っては、興に乗っていた。
 たまたまそのとき、往来を通りかかった女の三人連れが茶屋に立ち寄って、小用をたそうと便所の戸を開けて入ってきた。すると、何やら糞壺の中から手が出てきたので、ワッ! と叫んで気絶、三人そろって糞壺に転落した。

 物音に驚いた茶屋の者や川島の連れがやって来て、一同を引き上げ、臭いのを我慢して洗い清めたが、界隈の物笑いの種となったらしい。
あやしい古典文学 No.187