高古堂『新説百物語』巻之一「甲州郡内ほのをとなりし女の事」より

燃える女

 甲州の郡内に、老人夫婦と、その下女一人が住んでいた。
 ある時、近所に仏事があって夫婦は出かけ、下女が留守番していた。

 宵の口を過ぎたころ、
「火事だあ!」
という声があがって、村は大騒ぎになった。
 ところが、どこが火事なのかよくわからない。火の手は上がっているけれども、それがあっちこっちにさまよっているのだ。皆、途方に暮れた。
 近くでよく見ると、およそ小さな家一軒が燃えているくらいの高さの炎が、西に東に、あるいは北に南にと移動するのだが、その火の中に髪をなびかせた女の形がある。
 女の形は、はあはあ、と息をきらせて走りあるいている。
 しばらくして倒れ、動かなくなった。

 後で調べたところ、老夫婦の家の留守番をしていた下女であった。
 なぜこんなことになったのか、まったくわからないまま、とにかく死骸は親元に送られ、埋葬された。
「前代未聞のことだ」
と、人々が噂しているという。
あやしい古典文学 No.190