佐藤成裕『中陵漫録』巻之三「奇士」より

シースルー武士

 寛政九年六月、江戸の浪人だという歳のころ六十あまりの武士が現れた。

 裸の上に蚊帳みたいな透ける羽織をまとい、ふんどしに両刀をたばさんでいる。食物は摂らず、ただ酒だけ飲んで、一日に一升を尽くす。
 駕篭に乗り、若党一人に下僕一人を伴って、豊前の小倉にやってきた。それから、太宰府天満宮に参詣するといって筑前に入ったが、そこで怪しまれて拘束され、たいそう面倒なことになった。
 若党に問いただしても、
「どういう人なのか知りません。道すがらに雇われたのです。下僕も同じで、だから委細は存じません」
と答えるばかりで、埒が明かないのだという。

 諸国を遊歴する人はさまざまだが、この老武士のようなのは、きわめて稀である。
あやしい古典文学 No.193