根岸鎮衛『耳袋』巻の二「品川にてかたりいたせし出家の事」より

うなぎ屋の騙り

 浜町河岸に大黒屋という名代の鰻屋があって、いつも酒食の客で立て込んでいる。
 ある時、一人の僧侶の風体の者が酒を飲み、鰻を食って、
「見てのとおりのなまぐさ坊主ですよ」
などと自分の口から言っていたが、それから四五度も来て、店の者と心やすくなった。

 そんなある日、僧が亭主に折り入って話があるという。何かと思えば、
「じつは先ほど、店の門口でこんなものを拾いましてな…」
と、封じ金五十両を取り出し、
「魚を食らうような坊主であっても、この金を落とした人の難儀を思うと、さすがに忍びない。また、貧僧がこんな大金を得たのでは、かえってわが身のためにもならない。落とし主がわかれば、なんとか返してあげたいのです」

 話を若い手代が聞いて悪心を起こした。
 町内の悪者を仲間に入れて落とし主に仕立て、亭主ともしめし合わせて、かの僧がまた来たときに作り話を聞かせると、僧は、
「それならば、五十両は包みのままお渡ししましょう。しかしながら、いささか礼金など頂きたいものだが」
 あれこれ相談して五両を差し出した。僧は例によって酒を飲み鰻を食った後に、五十両を包みのまま手代に渡して、
「もう日も暮れた。それでは帰ろう」
と、小唄をうたいながら店を出ていった。

 うまくいったぞ、と一味の者が集まって封を解いてみると、これが真っ赤な贋金。
 みな大いに憤り、にっくき騙りめと大勢で追いかけて、日本橋あたりで僧を捕らえた。
 この騙り坊主、と若い者たちが頭を叩き背中を殴りなどして、
「何ゆえ乱暴するのですか」
と言うのを、何ゆえとはぬけぬけとよくも、とばかり無理やり引きずって、鰻屋の前まで連れ戻した。
 ここで僧が居直った。
「よくもさんざん殴ってくれたな。勘弁ならぬ。そうとも、何を隠そう、わしは騙りごとを渡世にする悪党だ。これから直ちに奉行所に名乗り出て、お仕置きを願おう。ついては当町内にも、落としもせぬのに落としたと偽り、人の金子をだまし取ろうとの謀みがあった。これもわしと同じ罪人だから、奉行所にはその者たちを伴い、ともに三途の川を渡るとしよう」

 言われてみれば、そのとおり。ことが露見しては町内が立ちゆかない。一転して皆々、僧にいろいろ詫び言をしたが、まったく聞き入れてくれない。
 結局、治療代としてさらに五両渡し、つごう十両騙り取られた。
あやしい古典文学 No.194