十返舎一九『列国怪談聞書帖』「がんばり入道」より

がんばり入道

 山和の国の泥川のあたりに、染木某という者がいた。生まれつき度し難い肉欲にとり憑かれた男で、たまたまこの男と関係した女は、一日じゅう家に閉じ込められ、物凄い淫欲に責めたてられて、ついに命を失う者が多かった。
 あまりのことに、一族の者がこれを諌めて剃髪させ、山中の庵に住まわせた。
 世間は、この法師が白眼を剥いて婦女を見張るのを笑って、眼張(がんばり)入道とあだ名をつけた。
 淫欲にふける習性は変わらず、村の農夫の娘を誘拐し、庵に隠し置いた。出かけるときには押し入れに閉じこめて、外から錠を下ろした。

 そのころ、日の熊という盗賊がいて、法師の留守をうかがい、庵に忍び込んだ。
 金目のものはないかと押し入れの戸をこじ開けてみたら、かわいい娘が中で泣き伏している。驚いてわけを尋ねると、娘はがんばり入道に誘拐されたいきさつを語り、
「どうか、どうか両親のもとに連れて帰って」
と頼むのであった。
 さすがの盗賊も憐れみの心をもよおし、娘を伴って庵を出たところに、法師が帰ってきた。
「何者だ。わしの女をどこへ連れていく。逃さんぞ」
と組みついたが、相手が悪かった。日の熊は刀を抜き放って一刀のもとに斬り殺すと、娘を親元に送り帰した。

 それ以来、がんばり入道の亡霊が、白い衣を着て、娘の家に立ち現れるようになった。
 娘はいちはやく他所に隠し、家には両親のほかにいない。入道はあちらこちらと狂い歩いて、村じゅうの家をことごとく、灰小屋、厩、便所などといった隅々までも、娘の行方を捜し求めた。
 それが毎晩なので、村の者は恐れおののいて、寺に頼んで施餓鬼を行い、亡霊を宥めようとしたが効果がなかった。

 ところが、その夏、山犬に狂犬病がはやった。
 入道の亡霊は、村に狂い出た病犬に噛み殺されてしまったのである。夜が明けて現場へ行ってみると、年とった狐が白の薄物をまとったまま、倒れて死んでいた。
「こいつめ、入道の執着を真似て人を悩ましたあげく、山犬の牙であっけない最期だ。やれやれ」
と、人々は安堵のため息をついて笑ったのである。
あやしい古典文学 No.199