青木鷺水『御伽百物語』巻之四「雲浜の妖怪」より

鵜の怪事

 能登の国の一宮である気多神社に祭られているのは大国主命で、羽咋郡に鎮座の神である。
 お祭りが多数ある中に、毎年十一月の中の午の日は「鵜祭」。これは丑の刻にとり行う神事で、そのために十一里離れた鵜の浦というところから、鵜を捕らえて籠に入れて運んでくる。
 鵜を運ぶ役人は鵜取兵衛といい、代々その名を受け継いでいる。

 さて、過ぎにし元禄のころ、この鵜取兵衛が例のごとく神事のために、鵜の浦に出て鵜を招いた。
 多数いる鵜の中で神事を勤める鵜は一羽のみで、招かれるとそれが自分からやって来るのだが、今年は珍しく二羽も寄ってきた。なんなく二羽とも手に入ったので、不思議に思いながら一羽を放してやるが、放しても戻ってくる。それで、何かわけがあるのだろうという気がして、二羽とも籠に入れて出発した。

 一宮に向かう道で、歳は二十歳くらいの総髪の男と出会った。学問する人と見えて、書物をふところに入れている。
 道連れになって世間話をしながら行くうちに、その書生が急に腰を引いてうずくまった。
「どうしました?」
と訊くと、
「思いがけなく疝気が起こって、もう足を動かすこともできません。ああ、どうか、しばらく鵜籠に入れて運んでください」
 鵜取兵衛は冗談だと思い、
「たやすいことだ。乗せてあげましょう」
と応えたところ、書生は立ち上がって、
「では、ごめんなさいよ」
と言ったかと思うと、たちまち鵜籠の中に入っていた。
 大の男が入ったのに、さして重いとも感じられない。しかも、その男が鵜と並んで籠に納まっている。なんとも不可解なことだったが、そんなに咎めることもあるまいと、相変わらず話しながら道を行った。

 一宮まであと二里ほどのところまで来て、かの書生は鵜籠から出て、
「いやあ、今宵はよい連れを得て、おかげで足を休めさせてもらいました。さてさて、御礼にひとつご馳走いたしましょう。しばらく休憩なさい」
 鵜取兵衛も大胆な男だったので、
「それでは休むとしますか」
と、荷をおろす。
 書生は口を開けて ウエッ ウエッ と、何やら嘔吐する様子であったが、やがて大きな銅の茶弁当を一つと、高蒔絵の大提重一組を吐き出した。中にはさまざまの珍味が調えられ、魚に野菜のあらゆる酒肴が満ち満ちていた。
 食べ物を鵜取兵衛にすすめ、交わす酒も数盃に及んだとき、書生が言うには、
「私は女を一人連れているけれども、あなたがどう思うかわからないので、そのままにしています。もし厭でなければ、女を呼び出して酌をさせようと思いますが……」
「なんの、厭なものですか」
と鵜取兵衛が言うと、書生はまた、オエーッ! と一声、口から女を吐き出した。歳のころは十五六、きれいな顔だちで愛らしい。
 書生はいよいよ興にのり、たらふく酒を飲んだから、やがて酔っ払って眠り込んだ。

 すると、今度は女が、鵜取兵衛に向かってこう言った。
「わたしは、この人と夫婦の仲になったとき、兄弟姉妹のない独り身といって身を任せたのです。それでこの人は、何処までもわたしと一緒、ずっと愛し養おうと誓ってくれたのですが、じつは、わたしには弟が一人いて、夫に隠して養っているのです。今、彼が酔いつぶれている間に呼び出して、ものを食わせ、酒も飲ませてやろうと思うのです。どうか、夫が目ざめても、このことは秘密にしておいてください」
 そして、一人の男と金屏風一双を ゲロゲロッ! とばかり吐き出し、夫の前に金屏風を置いて隔てとすると、弟を交えてなごやかに語り合いながら、宴会は続いたのであった。

 もう夜明けも間近い午前四時ごろという時分、酔って寝ていた書生が欠伸をして起きようとする気配がした。
 これに驚いた女は、あわてて弟と屏風を呑み込むと、何事もなかったようにすましている。
 書生は鵜取兵衛に、
「いやはや、きのうの宵から何かとお世話になり、道連れになってここまで来ました。そのうえゆっくりと楽しませてもらって、身にあまるありがたさ」
などと言って一礼し、女と弁当や敷物など一式すべて呑み尽くしたが、足つきの銀器一つを残して、それを鵜取兵衛にくれると、立ち去っていった。

 鵜取兵衛は銀器を携えて宿に帰ると、まずこの奇怪な話を妻に語った。後には銀器を家宝として、他の人にも見せるなどしたという。
 それにしても、最初二羽いた鵜が、怪事の後には一羽だけ籠に残っていたのも、これまた不思議であった。
あやしい古典文学 No.207