高古堂『新説百物語』巻之三「猿蛸を取りし事」より

猿 vs.タコ

 大阪に箔屋嘉兵衛という商人がいた。
 毎年、西国へ商用で下るのだが、その年もいつもどおり下る途中、安芸の宮島へ参詣しようと船に乗った。
 宮島まであと三里ばかりというところで、船頭が言うには、
「お客さんがた、皆さんは運がいい。珍しいものを見せてあげよう。ほれ、あそこ。あの先の岩に、猿が一匹坐っているだろ。よくよくご覧あれ。これから猿が蛸を獲るのだよ。滅多に見られない、珍しい見物だ」

 船をとめて、船中の者みな、目を凝らして見ていた。
 一匹の猿の後ろには多数の猿が集まっていて、その先頭の一匹を後ろからしっかりつかまえている。
 海中からは、なにやら白いものがひらひらと現れ、また海中に没し、また出てくる。
 ついにその白いものの先が伸びて、先頭の猿の首にぐぐっと巻きついた。
 その時、背後の猿どもが力を合わせ、わっせわっせと先頭の猿を引っ張ったので、海中の白いものもいっしょに引っ張り上げられた。おそろしく大きな蛸であった。

 猿が大勢で蛸に取りつき、先頭の猿の首に巻きついた蛸の足をはずしたが、その猿はすっかり疲れた様子で、砂の上に倒れると、そのまま動かない。
 ほかの猿どもが蛸を噛み切り、まず大きな足を一本、倒れている猿の頭もとに置いた。それから、残りを小さく食い切って、一匹ずつが分け喰らい、一声ずつ啼いて山に帰っていった。
 倒れていた猿は、やっとのことで起き上がり、しばらくは蛸の足にも目をやらず、茫然としていたが、やがて蛸の足を手に持って、仲間が帰った道をよろよろと、山に向かって歩き去った。

 最近のことだそうで、嘉兵衛みずからが語ったのである。
あやしい古典文学 No.213