『梅の塵』「空船の事」より

うつろ舟の蛮女(梅の塵版)

 享和三年春、常陸の国の原舎浜(はらとのはま)という所に、不思議な舟が漂着した。

 その舟は、中が空洞の球体で、なんだか釜のような形だった。
 球の真ん中あたりに釜の刃のようなものがあり、そこから上は黒塗りで、四方に窓があった。窓の障子はすべて松ヤニで塗り固められていた。釜の刃の下は筋鉄を打って補強してあり、それは南蛮鉄の最上のものであった。舟の高さ三メートル六十、横幅は五メートル四十。

 舟の中には一人の婦人がいて、年齢は二十歳くらいに見えた。身長およそ一メートル五十、肌の白いこと雪のごとく、あざやかな黒髪を長く後ろに垂らし、顔の美しさは言いようもないほどだった。身につけているのは見たこともない衣服で、何という織物なのか分からない。
 言語は全く通じなかった。
 小さい箱を持っていて、何が入っているのか、決してその箱に人を寄せつけなかったという。

 舟の中に、敷物らしきものが二枚あった。何か知れない柔らかい素材であった。
 食物は、菓子と思われるもの、練った食べ物、肉類などがあった。また茶碗が一つあって、模様は見事なものだったが、いったい何の模様なのか、これまた分からなかった。
 原舎浜というのは、小笠原和泉公の領地である。
あやしい古典文学 No.218