大田南畝『半日閑話』巻十五「紀州屋敷怪談」より

紀州屋敷の怪談

 聞くところによると、文化十三年七月の下旬ごろ、紀州屋敷内御門に詰めていた門番が、咽喉が渇いたので次の間に入って湯を飲んでいたところ、どこからともなく女が現れて、やにわに肩に喰いついた。
 門番はたちどころに死んだ。叫び声で駆けつけた二人の者も、その女のために喰い殺されたのだった。

 そのしばらく後には、同屋敷御長屋で、蚊帳の内に寝かせておいたはずの子供が、行方知れずになった。
 蚊帳はそのままで、少しも破れたり乱れたりしたところはない。両親があわてて探し回ったけれども見つからず、翌朝、隣家の縁の下から、その子の死骸が出てきたのだそうだ。
あやしい古典文学 No.220