根岸鎮衛『耳袋』巻の二「うなぎの怪の事」より

うなぎと麦飯

 ある人が語った。
「音羽町あたりに住む町人で、穴うなぎを釣る名人がいた。魚漁を好みながら水茶屋のような店を持ち、麦飯や奈良茶を商っていた。
 ある日ひとりの客が来て麦飯を食い、あれこれ世間話のついでに、
『漁もいろいろだが、穴にじっと潜むうなぎを釣り出すなどは、その罪が深い。見たところ釣道具を多くお持ちだから、あなたも釣りをするのだろうが、穴釣りなどはなさらぬがよい』
と意見した。
 その時ちょうど雨が強く降ってきた。奈良茶屋は恰好の釣り時節と思ってさっそく支度し、どんど橋とかへ出かけて釣りをして、たいそう大きなうなぎを釣った。
 それを持ち帰っていつものように調理したところ、うなぎの腹から麦飯がどっさり出てきたのだ。」

 これを聞いて、別の人が語った。
「それに似た話がある。昔、虎の門のお堀さらいがあった時のことだ。
 人足方を引きうけたある親父が、前日にうたたねをしていると、夢うつつに何者かが来て、堀さらいの話などをするので、この者もきっと大勢の仲間の内なんだろうと思って起き直った。
 よもやま話をするうち、その者が、
『このたびの堀さらいでは、うなぎが夥しく出てくるでしょうが、中に長さ一メートル前後、胴回りもそれに相当する大物がいるはずです。それは年古く棲むものですから、けっして殺さないように願います』
と頼んだ。
 親父は快く請け合って、ありあわせの麦飯などを振る舞い、明日会おうと約束して別れた。
 翌朝、親父は急な都合ができて出かけられず、ようやく昼ごろ、かの者に頼まれたことを思い出して、急いで堀さらいの現場に行った。
『うなぎか何か、とにかく大きな生き物を掘り出さなかったか。もしあったら、なにとぞそれを貰いうけたい』
と呼ばわって回ると、
『いかにも。すさまじく大きなうなぎを掘り出したぞ』
と応える者がいたが、見ると、もはや打ち殺したあとだった。
 大うなぎの腹を裂くと、中から麦飯が出てきた。親父は、昨日来て頼んだのはこのうなぎだったのだと思うと切なく、そののち決してうなぎを食わなかった。」

 この二つの話はよく似ている。どちらが実話でどちらが虚構なのか、それは知らない。
あやしい古典文学 No.221