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『奇異雑談集』巻三「丹波の奥の郡に、人を馬になして売りし事」より |
馬を売る家 |
ずっと昔、丹波の国の奥地でのことである。 山の麓に大きな一軒家があった。人が数十人住んでいて、裕福に暮らしていた。 田畑を耕しているわけではない。職人仕事をするわけでも、商売をするわけでもないのに、そんなに暮らし向きがいいのを、人はみな不思議に思った。 母馬や子馬を飼っている様子はないのに、良馬を売る。それも一月に二頭三頭と売るので、これまた人々が不審に思うのであった。 その家は街道に沿っているので、旅人が泊まることがあった。 人々はひそかに噂した。 「あそこの主人は、たいした秘術を伝授されて、旅人を馬にして売っているのだ」 しかし、確かなことはわからないままであった。 あるとき、六人の旅人が街道をやって来て、その家に投宿した。六人のうち五人は俗人で、一人が修行中の僧であった。 主人は客を家に入れ、枕を六つ出して、 「お疲れでしょう。まずはお休みなさい」 と言った。 五人の俗人は眠ったが、僧は丹後で噂を耳にしていたので、用心して横にならず、座敷の奥に座っていた。 障子の隙間から勝手のほうを覗くと、人が忙しそうに立ち働いている。小刀で隙間をもう少し広げてよく見ると、畳ほどの広さのものに土が盛ってある。そこに何かの種をまき、上から薦(こも)を被せた。一方で、飯を炊き、汁をつくり、湯を沸かしている。 茶を四五服飲むほどの時がたって、 「もうよかろう」 と薦を取り払うと、青々とした草が五〜十センチほどに育っていた。その葉は蕎麦に似ていた。 それを取って湯に入れて茹で、蕎麦のように和えて大きな椀に盛った。これをお菜として飯を出すのであった。 俗人たちはみな起きて、飯を食った。 「珍しい蕎麦ですな」 などと褒めている。 僧は食べるふりをして、隅の簀の子の下に捨ててしまった。 膳が片づいて後、風呂が焚かれ、 「お立ちください。ひと風呂どうですか」 と勧められて、 「それはいい」 などと言って、みな風呂に行った。 僧は入るふりをして脇にそれ、便所に隠れて様子をうかがっていた。 やがて主人が、錐、金槌、釘を持って現れて、風呂の戸を打ちつけてしまった。 僧は、こんな便所にいて見つかってはつまらないと思ったから、暗闇にまぎれて風呂の床下に入ってじっとしていると、しばらくして、 「もういいぞ。戸を開けろ」 という主人の声が聞こえる。 釘抜きで戸を開けると、馬が一頭駆け出て、いなないて走りまわる。門は閉ざされているので、庭を踊りまわるのであった。 また一頭出て、さらにまた一頭出て、計五頭が出た。もう一頭出るはずと待ったが、出てこない。火をともして中を見ると、何もいない。 「もう一人はどこへ行った!」 と捜し回る騒ぎの中を、僧は床下から出て裏山に登り、はるかに遠く逃げのびた。 翌日、僧は国の守護の役所に行って、前夜の出来事を詳しく訴えた。 守護は、 「それでは、噂は本当だったのだな」 と、ただちに配下の兵を率いて現地に向かい、その家の者をことごとく打ち殺した。 |
あやしい古典文学 No.223 |
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