高古堂『新説百物語』巻之二「僧人の妻を盗みし事」より

蔵の窓

 九郎七という百姓がいた。かなりの耕地を所有して暮らしに不自由はなかったが、自分で田を耕し、妻と六歳になる娘と三人、質素に生活していた。

 ある時、九郎七は、所用で京都に赴き、一泊した。
 その留守の夜の十二時ごろ、九郎七の家から火が出て、家屋は全焼した。
 騒ぎの中、なぜか娘は近所をうろついていて助かった。これに母親のことを尋ねると、
「あたいは寝ていたんだけど、誰かがあたいを抱いて連れて出たの。だから、なんにも知らない」
と言う。
 翌日、灰を掻き分けて捜したところ、母親とおぼしい焼死体が見つかった。九郎七は仕方なく、妻の葬儀を済ませ、間に合わせの家を作って住んで、忌中の仏事もとり行った。

 七日たち、八日たち、二十七日めに、娘を連れて菩提寺に参った。
 寺に入ってまもなく、娘が、
「かかさまが、あそこから覗いてる」
と言ったのを、九郎七は、子供心に何を思って言うやらと、聞き流していたが、帰ろうとする時に娘はまた、
「かかさまが蔵の窓から覗いてるよ!」
と言って、しくしく泣きだした。
 九郎七は、ふと思い当たることがあって、そのまま娘を連れ帰ると、近所の者を二人連れて再び寺に向かった。
 挨拶もせず寺に踏み込み、ただちに土蔵の二階に上がると、九郎七の妻は怪我ひとつしない姿で、そこに隠れていた。

 寺の僧が九郎七の妻と密通して、そのあげく、どこかから掘り出した死骸を置いて九郎七の家に火をつけ、妻が焼死したように見せかけたのだった。
 僧の身ゆえ罪はいっそう重いと、斬罪に処せられたということである。
あやしい古典文学 No.226