鈴木牧之『北越雪譜』初編巻之上「雪中の虫」より

雪中の虫

 中国、四川地方の峨眉山(がびさん)は、夏でも雪が積もっている。その雪の中に「雪蛆(せつじょ)」という虫がいると、『山海経』にある。
 これは空説ではない。越後の雪の中にも雪蛆がいる。
 この虫は、早春のころに雪中に生じ、雪が消えると虫も消え去る。その死生はすべて雪とともにある。
 字書によれば、「蛆(じょ)は腐中の蠅」とある。いわゆる蛆蠅(ウジバエ)である。だから雪蛆は、雪中の蛆蠅ということになる。

 木・火・土・金・水の五行は、みな虫を生じる。木の虫・土の虫・水の虫は、ごく普通に見かけるので、だれでも知っている。
 蠅は灰より生じ、灰は火の燃えたものだから、蠅は火の虫である。それゆえ、蠅を殺して死骸を灰の中におくと、蘇るのだ。
 また、虱(シラミ)は人体の熱から生じるが、熱は火である。火から生まれた虫なので、蠅も虱も暖かさを好む。
 金属の虫は、肉眼では見えない塵か埃のようなもので、人はこれを知らない。しかし、銅や鉄が腐るときには、まず虫が生じる。虫の発生した箇所は変色している。しばしば布などでそこを拭うと、虫が死ぬので腐らない。
 錆はまさに腐食の始まりだから、錆の中には必ず虫がいる。肉眼で見えないほど小さいので、人は知らないだけだ。
 金属の中にさえ虫がいる。雪の中に虫がいたって当たり前ではないか。ただ常にいるものではないので、珍しい、不思議だと、中国の書物にも記されているのだ。

 わが越後の雪蛆は、蚊ぐらいの小さい虫である。
 二種類いて、一つは羽があって飛び歩く。もう一つは、羽はあるけれど飛ばず、這い歩く。ともに脚は六本ある。色は蠅に似て、一方は淡く、もう一方は黒い。
 雪蛆が見られるのは、市中にせよ原野にせよ、蚊が発生するのと同じような場所である。しかしながら、人を刺す虫ではない。
あやしい古典文学 No.229