佐藤成裕『中陵漫録』巻之十三「石妖」より

揉んであげます

 伊豆の国の人がかつて語った。

 伊豆の山中では良石を多く産する。
 石切場で石工が数人、昼休みしていた。そこに一人の婦人が来て、
「精出して働いて、お疲れね。私が揉んであげましょう」
 そう言って一人の肩をマッサージしたが、なんとも心地よく、石工はたちまち寝入ってしまった。
 そこでまた別の一人をマッサージするに、これまた眠り込む。次々に数人が眠り込んでしまった。
 残った一人は、その様子をじっと見ていて、『おそろしく綺麗な女だなあ。これはただの女じゃあないぞ。いや、きっと化物だろう』と思ったから、揉まれる前にその場を逃げ出した。
 道々、猟師に出会ってこのことを語ると、
「そいつはきっと、狐狸が化けたのだ」
と猟師は言った。

 石工が猟師を伴って戻ってくると、女はあわてて立ち去ろうとし、追いかけると石切場の中を逃げ回った。
 猟師は鉄砲に玉二つをこめ、狙って撃った。
 当たったはずが、石が砕けて散る様子である。不審に思って行って見ると、実際、切り出した石が壊れているだけであった。
「してみると、あの女は石の妖怪だったのだろう」
と二人は思った。
 眠っている石工たちを見ると、背の上部が、石で酷く擦ったように縦横に裂けていた。眠っているのではなく、みな意識不明の重体だったのだ。
 それぞれの家に運び込んで、医者だ薬だと手を尽くして、ようやく回復したが、この後もおりおり、石切場には怪しい人が現れたという。

 『物理小識』にいわく、「石者気之授土之骨也」と。この骨神が化して婦人となったものであろう。
あやしい古典文学 No.236