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菊岡沾凉『諸国里人談』巻之二「鬼女」より |
人肉食って何が悪い |
享保のはじめ、三河の国の保飯郡舞木村でのこと。 新七という者の女房で、いわという歳二十五になる女がいた。 新七が京都から連れ帰ったのだが、いつもヒステリックで狂人のようになる性質で、とうとう新七は耐えかねて出奔した。 女はあとを慕って遠州の新井まで追いかけたけれども、関所を通ることができなかった。むなしく村に引き返して独りで暮らすうち、恨みつらみがいよいよまさり、ほとんど乱心の態となった。 そのころ、隣家に死人があって、田舎の風習どおり近辺の林で火葬にした。 女はそこへ行って、半焼けの死人を火から引っぱり出した。腹を裂いて腸をつかみ出すと、持参のどんぶりに入れて、うどんなどを喰うようにずるずると喰った。 施主が火の様子を見に来て、びっくり仰天。 村じゅうの者が棒を手にして追い払おうとすると、女は大いに怒って、 「こんなうまい物を喰わずにおられるか。くやしかったらおまえらも喰え!」 と叫びつつ踊り狂い、蝶か鳥のように飛び駆けて行方知れずとなった。 その夜には、女は近くの山寺に入って、例の器から肉を出して喰っていた。 寺の僧侶が驚き騒ぎ、早鐘をついて里へ知らせたので、村人が駆け集まってきた。女はそれを見て、 「ここもまた、騒がしいことよ」 と言って、裏の山の道もない崖を、平地を行くように駆け登って姿を消した。 このように生きながら鬼女となった次第、村より代官に届け出たので、代官所より他村に触れ知らせたということだ。 |
あやしい古典文学 No.240 |
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