神谷養勇軒『新著聞集』第十「僧尸肉をくらふ」より

禁断の味

 増上寺塔中の徳水院に、あるとき、埋葬のために死者が運ばれてきた。
 沐浴・剃髪も頼まれたので、一人の僧が髪を剃ったが、どうしたことか失敗して、頭の肉を一寸ばかり剃り落とした。
 僧は狼狽し、施主に見つかったらまずいと、とっさに自分の口に入れて隠した。ところが、その味が何ともいえず美味だったので、ついにそのまま食べてしまった。

 以来、人肉の風味が片時も忘れられなくなった。我慢できずに寺の裏の墓地に忍び込んで土を掘り返し、埋葬した屍体の肉を喰らうことが毎晩になった。
 住職の僧は墓地が荒らされるのを不審に思って、夜更けまで隠れて見張っていたところ、狐か犬の仕業と思っていたのが、さにあらず、わが寺の僧だったので、呆れつつもぞっと背筋が寒くなった。

 翌日こっそり本人を呼んで子細を尋ねると、僧は涙を流し、
「まことに何の因果でしょうか。どんなに心を押さえても押さえかね、あのような所業に及んでしまうのです」
と懺悔した。
「このうえは、人との交わりを断ちます」
と言って暇を乞い、寺を立ち去ったという。

 元禄年間のことである。
あやしい古典文学 No.241