『今昔物語集』巻第二十六「東の小女、狗と咋ひ合ひて互に死ぬる語」より

犬と少女

 昔、某国某郡に住む人の家に、年は十二か三ばかりの召使いの少女がいた。
 その家の隣では白い犬を飼っていたが、この犬は少女を目の敵にして、つねに噛みつこうとするのだった。一方の少女も犬を見かけると、ひたすら打とうとして向かっていく。人はその様子を見て、どういうわけだろうと不思議がっていた。

 そうするうち、少女は病気になった。たちの悪い流行病だったのか、日を追って重患となったので、主人は風習に従って、少女を家の外のどこかに隔離して住まわせることにした。
 すると少女は言った。
「わたしを人目のないところに置いたら、あの犬に喰い殺されてしまいます。わたしが元気で、しかも人が見ているときでさえ、かまわず襲ってくるのです。人のいないところに重病で臥していたら、きっと喰い殺されるでしょう。ですから、あの犬には決して分からないところにしてください」
 主人は少女の心配をもっともだと思ったから、必要な品々を調えて、遠い場所にこっそり行かせることにした。
「毎日、一度か二度は必ず、だれかを見舞いにやるからな」
となだめすかして、家から出したのであった。

 その翌日、隣の犬は家にいた。それで『あいつは知らないのだ』と安心していたところ、次の日、犬は姿を消した。
 もしやと思って、少女のところへ人を遣った。使いの者が行って見ると、犬が少女に噛みつき、少女もまた犬に噛みついて、どちらも死んでいた。
 知らせを聞いて、少女の主人も犬の主人も現場に駆けつけ、無惨な有様を見て驚きつつ、少女のことを哀れがった。

 この両者は現世だけの仇敵だったとは思われないと、人みな不思議がったということだ。
あやしい古典文学 No.242