松浦静山『甲子夜話』三篇巻之七十一より

熊茶屋の娘

 江戸の郊外堀ノ内に祖師の堂があり、さまざまな願いごとに効験ありというので、人々は遠路をいとわず参詣する。
 そのあたりに熊茶屋という店があった。生きた熊を飼っていたのでそう呼んだのである。

 熊茶屋には娘が一人いて、これが目のさめるような美人だ。けれども大変な馬鹿者で、ただ流行りの『おつなこと言うねェ』だけ覚えていて、誰彼かまわずに、それ一点張りで受け答えするのであった。
 絶世の美女だというので、幾人もの諸侯から側室に望まれ、屋敷に上がったが、正真正銘の馬鹿娘とわかって、十日もたたずに暇を出されたのだという。
 馬鹿でもなんでも物凄い美人だから、ただいるだけで客が押しかける。店は大繁盛で笑いが止まらなかった。

 熊もまた、客寄せに飼われていた。客も最初は、熊の物珍しさで来たのである。ところが娘が店に出るようになるや、熊を見る客はまれになってしまった。
 それを怨んでのことか、ある日、熊が檻を破り出て、娘を殺害した。あるいはこの世の怨みでなく、もっと何か因果応報の由縁があったのであろうか。
あやしい古典文学 No.243