大田南畝『半日閑話』巻十六「土岐山城守の大猫」より

土岐山城守の大猫

 文政元年八月中旬、浦賀奉行の内藤外記の屋敷の台所に、何の獣とも知れないものが出て、飯を喰い、魚などを盗んだ。
 また、門番たちを化かし、あるときなど、奥方が納戸にいたところ、奥方の名を呼ぶので、障子を開けて見たけれど何もいない。で、障子を閉めるとまた呼ぶ。気味が悪くなって人を呼んで調べたが、何もなかった。
 こういうことが幾度にも及んだので、外記が命じて落としの罠を作った。
 ある夜、罠に何か掛かったと近習の者が知らせてきた。罠ごと持ってこさせて、おそらく狸か何かだろうと思って見るが、落としの中が暗くてよくわからない。そこで門番に命じて引き出させると、よく絵に描かれている虎のような大猫で、黄色に黒の縞模様も虎そのものである。
 これはまた珍しい猫だというので、つないでおいた。

 このことを噂に伝え聞いたのか、土岐山城守よりの使いだという者が来て、
「先年、山城守が領地に旅したおりに道中で貰って、以来、秘蔵していた飼い猫が、世話係の不注意で逃げてしまいました。こちらさまで捕らえておいでとのこと、何とぞお返しくださいますようお願いいたします。山城守は大坂在番中でもあり、係の者も困り果てております。なんとかよろしくお願いいたします」
と、口頭で申し入れた。
 外記は、もしや猫を騙しとろうとする者かもしれないと思って、断った。
 すると、また使者が来て、
「先ごろ取り逃がした際、親類衆にも捜索の協力をお願いしました。このことに間違いはありません。もし不審に思われるのなら、この親類衆にお問い合わせくださいますように」
と述べて、五人の名前を書付にして持ってきたが、中には阿部備中守などの名前もあったという。

 まったく珍事である。
 ちなみに、猫の名前は『まみ』という。
 その後、返されたのかどうかは知らない。しかし、この話自体は、内藤氏から直接聞いたものである。
あやしい古典文学 No.244