荻田安静『宿直草』巻五「蛇をうむ女の事」より

蛇を産む女

 河内の国の若江の庄で、ある侍の妻が出産した。とりあげてみると産まれたのは袋のようなもので、中に数限りなく蛇が入っていた。
 ただちに袋ごと沸騰した湯に入れたので、蛇はみな死んだ。
 その後まもなく、また懐妊した。このたびも同じではないかと恐れていたところ、やはり産まれたのは蛇の袋だった。
 このことは深く隠して世間に知られないようにしていたが、いったい何の報いかと涙してうち沈む女のさまは、人があやしんでわけを問うほどであった。

 何年か過ぎて、またもや妊娠した。女は不安に耐えきれず、物識りの老人に打ち明けたところ、故老は言った。
「そういう話は聞いたことがある。三輪山の神が魅入った女は蛇を産むという。あなたは美人だから、三輪明神に惚れられたのだ。きっと今度も蛇だろうよ。恥じて隠しているかぎり、神はこれからも通ってくる。産んだものを人の行き交う街なかに晒しなされ。高札を立てて皆々に見せるがよい。そうすれば二度と蛇を産むことはない」
 予想どおり袋を産み、中には蛇が入っていたので、老人の教えの通りにした。
 その後に出来た子は、親に似た人の子であったという。

 神の身にも願望や欲情があるから、人の女に想いをかける。しかし、それが洩れて世間に聞こえれば体裁が悪く、あの女に通うのはもうやめようと思うのであろう。
 大昔の話ではなく、今の時代にもこうした出来事があるのである。
あやしい古典文学 No.245