松浦静山『甲子夜話』続篇巻之五十五より

毒と人糞

 人糞は解毒の効果がある。先年、わが領内でこんな出来事があった。
 三人の者が寄り合って河豚を食べたところ、三人とも毒にあたった。七転八倒の苦しみの中で一人が言った。
「糞汁を飲めば助かると聞いたことがあるぞ」
 しかし他の二人は、
「たとえ死んでも、そんな汚いものを口にしてたまるか」
と言い張って、目を閉じて用意された人糞を見ず、二人とも死んでいった。
 残った一人は、いたずらに死んでもつまらないと、我慢して糞を食った。すると、にわかに大量の血を吐いて、それから快方に向かった。
 こうして助かったのだが、土地の者は皆、この男を『糞喰らい』と呼んで交際しなくなったので、ついに他国に去った。

 また、江戸神田に住む夫婦の、こんな話がある。
 夫は大酒飲みで、いつも泥酔し、妻は心配がたえなかった。
 あるとき妻は、糞汁は解毒に効果があると聞いて、『うちの人は河豚が好きだ。もしも毒にあたったら、飲ませてあげよう』と考えた。
 やがて夫がぐでんぐでんに酔って帰ってきた。意識も感覚も朦朧として、ほとんど死にかけているみたいだった。これを見て妻は、さては河豚の毒にあたったと思いこみ、ただちに夫の口に糞汁を注いだ。
 夜半、夫はすっきりと目が覚めて、妻にこう言った。
「わしは今日、どこそこで痛飲し、酔っぱらってわけがわからなくなった。ところが、もうきれいに醒めている。不思議だ。……それはそうと、口がものすごく臭いなあ。なんでだろう」
 妻が本当のことを告げたので、夫は大笑いしたという。
あやしい古典文学 No.247