神谷養勇軒『新著聞集』第十「火車の来るを見て腰脚爛れ壊る」より

火車が来る

 武州の騎西の近くの妙願寺村に、酒屋の安兵衛という者がいた。
 あるとき安兵衛は、突然、家から道に駆け出し、
「うわぁ、火車が来るぞぉ!」
と大声で叫んで倒れた。
 家の者が慌てて出てみると、安兵衛はすでに正気でなく、物を言うこともできない。それからどっと寝込み、腰から下が腐れただれて、十日ほど後に死んだ。

 事件があったとき、二三軒隣の者は炎の燃え上がるのを見て、安兵衛方が火事だと思って駆けつけた。そこで安兵衛の有様を見て、身の毛がよだち、舌が震えたという。
あやしい古典文学 No.248