『今昔物語集』巻第二十七「雅通中将の家に同じ形の乳母二人在る語」より

乳母が二人

 その昔、源雅通という人がいて、丹波の中将と呼ばれていた。その人の屋敷は四条の南、室町の西にあった。

 ある日のこと、ふだん人気のない屋敷の南向きの客間で、乳母が中将の二歳になる幼児を遊ばせていた。
 中将は北向きの居室にいたが、突然、わが子の泣き叫ぶ声と乳母のあわて騒ぐ大声を聞いた。何事かと、太刀を引っ提げて走っていくと、そこには姿も形もまるで同じ二人の乳母がいて、それぞれ子の左右の手足をつかみ、引っ張りあっていた。
 中将は、『ややっ、奇っ怪な』とよくよく見るのだが、いくら見ても二人はまるで同じで、どちらが本当の乳母なのか、まったく分からない。
 とにかく二人のうちの一人は狐か何かが化けたのだろうと決めて、太刀をひらめかせて走りかかると、一方の乳母がふっと消え失せ、同時に、幼児も残った乳母も気を失ってその場に倒れた。

 人を呼んで介抱させ、僧の祈祷なども行ったところ、しばらくして二人は息を吹き返した。
 中将が、いったい何があったのかと尋ねると、乳母はこう応えた。
「ここで若君と遊んでいると、奥の方から見たこともない女が出てきて、『これは私の子だ』と言って奪い取ろうとしたのです。奪われまいと引っ張りあっているところに、殿様がいらして、太刀をひらめかせて向かってこられました。すると、あの女は若君をうち捨てて、また奥の方へ逃げていったのです」
 話を聞いて、中将も今さらながらに恐ろしく思った。

 こういうことがあるから、人気のない場所で幼児を遊ばせてはならない。
 この事件は、狐が化けたのか、物の霊のしわざか、結局分からずじまいになったということだ。
あやしい古典文学 No.257