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伴蒿蹊『閑田耕筆』より |
ろくろ首 |
世間では、轆轤首(ろくろくび)というのを、一種の奇病として語っている。また、中国でいう飛頭蛮(ひとうばん)と混同して、首が数メートルあるいは十数メートルと延びて空中を徘徊するなどと言っている。 俳諧師の某が、若いころ轆轤首をその目で見たという話がある。 あるとき某は、江戸新吉原でたいそう美しい遊女が見世に出ているのにぞっこん惚れ込み、ただちに娼家に上がって首尾よく一夜を過ごした。翌朝、遊郭を出るやその足で友人の家に立ち寄って自慢すると、その場にいた数人の若者が皆、手を打って笑った。 なぜ笑うのだと問うと、 「あんた知らないのか。その女はろくろっ首だというぞ。いっしょに寝ていて、何か変なことはなかったかい」 某は最初、たちの悪い冗談だと思って反論していたが、友人ことごとく、彼が轆轤首の噂を知らないのを面白がって笑うので、それなら今すぐ真偽を確かめてくると言って、その場から新吉原に引き返した。 元の娼家でその夜も遊び戯れ、大いに酔って熟睡した。 目が覚めたらすっかり朝だった。しまった、これではなんにもならない。 よし今夜こそ、とその日は娼家に居続け、夜になると、酔ったふりをしながら一瞬も眠らずに様子をうかがっていると、女のほうは客に馴れて気が緩んだのだろうか、ぐっすり眠り込んだ。 夜半過ぎ、某がそっと眼を開けて見たら、女の頭が枕を離れること三十センチあまり、首がだらりと畳まで垂れていた。 心構えはあったはずなのにアワワッ!と驚いて部屋を飛び出し、我を忘れて大声をたてると、不寝番の男が駆けつけて某の口をふさいだ。 「このお客さんは、夢におそわれておいでだ。みんな来てくれ」 男がそう呼ばわったので、あちこちの部屋から遊女たちが起きて出てきた。それから、問題の首の延びる女を下がらせ、某には酒など勧めて夜を明かした。 朝になると、娼家の主人のはからいだといって豪勢な膳が出て、某はこんなことをこっそり頼まれた。 「もしかして怪しいと思われることがあったかもしれませんが、決して口に出されませんように。悪い評判が立って店の疵となっては、ここの者一同まことに困り果ててしまいます。どうか深くお願い申します」 この話の女は、轆轤首という名のとおり首の皮が屈伸する体質で、気が緩んだときに延びるのである。よって病気ではない。 そもそも、世間で言われる飛頭蛮の話のように、首が何メートルも延びて長押(なげし)に登るなどということは、あるはずのないことである。 |
あやしい古典文学 No.259 |
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