松浦静山『甲子夜話』続編巻之四より

御厩河岸、僧の怨霊

 最近のことだという。

 一人の僧が御厩河岸の船渡しを渡っていったが、すぐに元の岸に戻ってきた。何事があったのか、顔色を失っている。その場の船頭に何か言い、また向こう岸に渡っていった。
 察するに、僧は懐中の金子をなくし、衣服や荷物の間にもなかったので、もしや船頭が拾ったのではないかと、尋ねていたのである。
 そのように再三にわたって両岸を行き来したが見つからず、ついに僧は立ち去った。

 しばらくして川上から溺死人が流れてきた。川波にゆっくり漂いつつ、船渡しに流れ寄った。
 死人は、先ほど両岸をさまよっていた僧であった。金子を失い、申しわけの立たぬ事情があって入水したのであろう。その執念ゆえに、この岸に漂着したと思われた。
 船頭たちは、ただちに棹でもって流れの中程まで押し出したが、死骸は流れ去らず、またゆっくりと渡しに漂い寄ろうとするかのようであった。

 その夜更け、船頭たちの宿の戸を叩く者があった。
 開けて見ると小坊主がいて、
「今日の昼、金子をなくした者がいる。その金子は、おまえたちの手にあるに違いない」
と言った。
「何を証拠に、そんなことを言うのだ」
 小坊主は渡し口の水屍体を指さし、
「これが証拠だよ」
 思わずぞっとして皆が立ち騒ぐなか、小坊主の姿はかき消えた。

 人々は僧の怨霊だとして恐れ、かの死骸を寺に送って手厚く葬ったそうだ。
あやしい古典文学 No.261