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高古堂『新説百物語』巻之三「あやしき焼物喰ひし事」より |
あやしい焼物 |
さる大国でのこと。 山奥に三百軒ばかりの村があって、富江何某という者が、庄屋と代官を兼ねていた。 その国では、年に一度、領内の検分が行われる。で、検分の侍衆がその村に赴き、富江方に宿をとった。 山村のことゆえ、格別のご馳走は用意できず、料理の大半は精進物であったが、焼物だけは魚で、ブリの切身のような感じの、ことのほか美味なものであった。 翌日、侍の一人が近くを散歩していて、小高い所に小屋があるのを見つけて覗いたところ、漬け物なんかといっしょに、魚の切身の塩漬けを貯えた大きな桶が並べてある。 ゆうべの焼物はこの魚であろう。 「よし、焼いて食べよう」 と、仲間数人が集まって火で焙って喰うに、その味の旨いこと、とても言葉では言い表せない。 二切れ三切れと喰ううちに、身体が熱くなってきた。酒に酔ったようにふらふらになって、足が立たず、身体もふにゃふにゃ、正気のある者は一人もいない。 ほかの仲間がこれを見て肝をつぶし、大騒ぎしつつ手当てをしていると、主人の富江が聞きつけてやってきた。 「もしや、小屋の桶にあったのを食されたのではありませんか」 そこで、確かに桶の中身を喰った次第を語ると、富江は何かの草の葉をもってきて、水で飲ませた。すると、しばらくして皆、酔いが醒めた。 「あれは何だ。ゆうべは何事もなかったのに、今日はこんなに酔ってしまったが」 と尋ねると、富江は、 「いや、ほかでもありません。当地は山中で海に遠く、魚が不自由ですから、冬になって大蛇(うわばみ)が餓え、弱ったところを獲って、小さく切り、塩漬けにします。それを一年中の客にお出しするのです。その焼物を出す時には、必ず連銭草をひたしにして添えます。さもないと、さきほどのごとく酒に酔ったようになって、四日も五日も正気に戻れません」 昨夜以来この焼物を喰った侍衆は胸が悪くなり、思わず嘔吐してしまう者もいた。 |
あやしい古典文学 No.267 |
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