大田南畝『一話一言』補遺巻三「兎の腹鼓」より

山でウサギが輪になって

 伊豆の国へ行った人が、こんな話をした。

 伊豆に新左衛門村というところがある。往時は河津氏の領地で、三千石の村である。今も当地に河津の氏神を祭って、三社明神と呼んでいる。山谷の重なる土地なので、ウサギなどはとりわけ多い。
 ある時、村の老人が明神に参詣しての帰り道、山中を行くと、なにやら物音が聞こえてきた。挟み箱を担いでいくときに、金具が箱に当たって鳴る音のようだ。
 辺りをうかがうと、ウサギが数十匹、大きな円陣をつくっているのが見えた。それが皆二足で立ち上がり、両手で自分の腹を叩いている。一度に揃って腹鼓を打つので、その音が高く響くのである。
 老人は不思議な思いで眺めていたが、おり悪しく風邪を引いていたもので、ついこらえきれずに咳き込んだ。
 その音に驚いて、ウサギたちは残らず林の中に逃げ込んでしまったそうだ。
あやしい古典文学 No.274